ずっと今年の目標どうしようかな〜と思ってぐだぐだしてたんだけど、5ヶ月経って唐突に決めました。よし、おらめんどくさい人になるゾ!世間一般が思うめんどくさいとは違うかもしれないけど、自分が定義する「めんどくさい」人になると決めた。
以下、特定の人を責めるつもりはないのでぼかして書きますね。
端的に言うと以下の事象が起こった。
・わたしが金銭的に損をする出来事があった
・どうして損をすることになったかといえば先方から指示に従ってほしい、と言われてその通りにしたため
・もちろん先方には損をさせる意図はなく、ただ深く調べずに指示を出したために起こった
・損をした金銭は戻ってこない
上記が発覚した経緯も「あれ、もしかして損をしているのではないか…?」とわたしが問い合わせたところ、先方からその認識で間違いない、その金額は戻らない、と言われたからである。そのやり取りの中でふと「このままいつものように、わかりました〜!と言うと今後もこの対応が続いてしまうのでは」と警報が鳴った。いつもならうまくやりたい、人と揉めたくない気持ちが勝つため勉強代だな…と思ってその場をやり過ごすのだが、「そちらの指示通りに従った」「なんとかならないか」と掛け合うことにした。結局どうにもならないことはわかっていたが、「疎まれてもどうにもならないことをわかっていても言うべきことは言う」このプロセスが大事!と思うことは初めてであった。
先方は普段からわたしだけを相手にしているわけではないので、忙しい中複数人の相手をしているであろう。その中で「この人は要注意人物だな」と思われることは、今までであれば1番避けたかったことだけど、今はむしろそうなった方が丁寧に対応されるのではないか、という仮説がある。自分に置き換えるとやはり仲の良い人への連絡と緊張感がある人への連絡では、後者の場合何度も文面を読み返して確認したり推敲したりしているからだ。「この人はめんどくさい人だから何か言われないようにちゃんと対応しよう」と思われなければ今後も間違った対応を取られ続けてしまう、丁寧な対応は取られないのではないか、と思ってしまった。一生、扱いがおざなりなことに甘んじることになる。もちろんこちらがそんな態度をしなくても完璧な案内をしてくれて、お互い信頼と感謝の気持ちを持つのが1番なんですけどね…。
今までのキャリアがずっと営業なので、ビジネス上では人にお願いする機会がとても多い。その性格もあってクレームっぽいこと、めんどくさいことを言うことに慣れておらず、こちらが不利益を被っても「全然大丈夫ですよ〜⭐︎」で済ましていた人生を変えたいと思った。結果、それが舐められてしまうことに繋がるんですよね…。物分かりがいい人、になる弊害がある。最近は歳を取って初手で舐められることは減ってきているとは思うが、新卒・22歳の女子の営業職にはそういった機会がとても多かったように思う。
何も気にしてないよ〜!といつもおおらかで笑顔でいる自分として人から見られたい気持ちもある。とはいえ、それでこの人は大丈夫だ、と手を抜かれたり、適当に謝れば許してもらえる、と思われてはいけない。「めんどくさい」人とはこの人に間違ったことを言うと何度もラリーが発生してしまうからな…と丁寧に扱ってもらえる側面もあるかも、と思っての目標設定である。
いやぁしかしなかなか普段から「めんどくさい」人になるのは難しい。例えば、飲食店で注文がわたしの分だけ異様に遅いとか他のものが運ばれてくるとかは今後も全て笑顔で許すだろう。そう、別に一期一会の場であればいいのだけど、継続して接する相手にはちゃんと伝えるプロセスを踏まねばならない。こういう人だってわかってもらわなければ。
と、ここまで書いてわたしは今回の件について相当嫌だったんだな…wと自分を知ることができてよかったと思っています。自分がこんなに怒ってるのがわかって面白い。あと、人間って(でかい括り)損をさせられたことに対してかなり怒るよね。「損」「得」って感情を引き出すものなんだなーと。また新たな自分に出会えたので今回はこれでよしとします。とにかくなにをされても無条件で許すマンにはならず、ときに「めんどくさい」人になるのも良いのではないだろうか、と思った次第です。今年このキャラで走り続けられるのか不安だけども!
せばまんつ⭐︎